小栗康平 手記
日経新聞
2008/08/06
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しばらくブログを横着しているうちに八月になってしまいました。関東では昨日、一昨日と激しい雷雨に見舞われました。みなさん被害はありませんでしたか。
つい何年か前のこと、前橋で凄い雷に遭遇したことがあります。空が真っ黒くろになって、バリバリ、ドスン、ガタン、ゴロゴロ、ドンドンと、じつにさまざまな音色で、聞きほれるほどでした。雷神が雷太鼓を打っている、それも一人ではなく何人ものアンサンブルで。ほんとうにそう実感したのです。家の中にいても、髪の毛が電気を帯びてビリビリと立つふうでもありました。郷里の群馬では、昔から雷が多かったですから怖いとは思いませんが、心配はむしろ浸水ですね。日本は熱帯性の気候になってしまったのでしょうか。
日経新聞の夕刊に「こころの玉手箱」というシリーズがあります。来週、ここで私がとりあげられています。月曜日の十一日から金曜日の十五日まで、五回です。夕刊の配達がないところでは見られないようです。チャンスがありましたら、読んでください。
パシフィック・ネーションズカップ2008
2008/06/24
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先週の日曜日、日本代表とフィージー代表との試合を見に、国立競技場へ行きました。遊びの報告ばかりで気が引けますが・・・。
大雨警報でも出そうな荒れた天気でした。席は正面スタンド。でも屋根は私たちの席まで延びていません。合羽を買い、勇気を振り絞って雨の席には着いたのですが、五分ともたずに退散。上段まで上がって、雨を避けた立ち見、になりました。
ジョン・カーワンがヘッドコーチについてから、日本のラグビーは確実に強くなってきているようです。でも残念ながらこの日はダブルスコアで敗れました。前半は三つのPKでリードしていたのですが、これも相手のミスから得たPK。後半は日本のミスを手掛かりにして、フィージーが立て続けにトライを奪いました。日本は最後まで、ノートライ。PKを選択した判断ミスというよりは、PKをせざるを得ないところでゲームを切られてしまった、力の差だったでしょうか。やはりラグビーはトライを見たいものです。
同行したのは高校のときからの友人。元ラグビー部員。でも悲しいかな、高校三年間でたった一度しか勝ったことがない、弱小チームのロックでした。


鉢植えのスイカ
2008/06/19
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昨年、ある雑誌に下記のエッセイを書きました。
友人から時計草の鉢植えをいただいた。正しくはクダモノトケイソウで、誘引されたツルの下の方ですでに幾つか実をつけていた。
二十年近く前、私はこの甘酸っぱくておしい果実を初めて知った。「死の棘」の撮影で奄美に滞在したときである。パッションフルーツともいい、南の暖かいところで育つものだから、そのパッションとは情熱といったことかと勝手に思っていたら、そうではなかつた。Pは大文字で、キリストの受難を意味するらしい。
じっさいに花を見ると、なるほどそんな気がしないでもない。キリストが磔にあった姿だということらしいけれど、私には時計の文字盤と見る方が納得がいく。
まさかこうしたものが鉢で育てられるとは思っていなかったので、この夏はこの花と果実を十分に楽しんだ。花をつける度に綿棒で受粉し、熟れるとまるで不発弾のように鉢の中に落ちる。採りたてはピチピチで酸味も強い。十余りは収穫しただろうか。数は多くないけれど、それがかえって貴重に思えてよろこびが大きい。
鉢をくださった友人はかつて太田市場が秋葉原にあったころそこにいた人で、いまは独立して茨城で出荷組合を経営している。とにかくよく知っている。農家に作付けの指導をしながら、市場でそれを高値で売るのが仕事だから当然だとしても、聞くといちいちなるほどと思うことばかりで、摘果と摘蕾の違いなども教えられた。私などはまったく無知そのものである。
時計草のように鉢で育てられる、なにかおもしろいものは他にあるだろうかと聞くと、ドラゴンフルーツもあるよという。形といい、大きさといい、これもやってみればきっとなかなかだろう。でもその友人は、来年は鉢でスイカをやったらどうだという。小玉スイカかと聞くと、ふつうの大玉だって大丈夫だという。信じがたいけれど嘘をいう人ではない。
スイカをというのには事情がある。私のところには小さな菜園があるのだけれど、畑を開いた最初の年、とんでもなく立派なものが採れただけで、その後はどうやってもうまくいかない。こういうツルの、なん節目の雌花をこうして、などと詳しく指導を賜るのだが成果が上がらず、いってみればサジを投げて、もう鉢にしろといっていることになる。
さてどうしたものか。鉢に生ったスイカというものも見てみたい気もするが、どうも気持ちがおさまらないで、迷っている。

ほんとうに来てしまいました。文中の友人が、組合の農家の人に頼んでつくってくれたものです。私はなにもしていません。いただいただけです。スイカは大玉ではなくて、スイートボールという名前がついた、すこし小ぶりなものですが、やはり相当おかしいですね。
受粉した日が六月六日だったとメモが貼り付けてありました。大きくなるのが早いです。スイカは受粉から三十五日で収穫とのことでしたので、あと二十日もすれば食べられることになります。そこそこには甘くなるだろうといわれていますが。
ちなみに、私は今年も地植えでスイカの苗を二本、植えているのですが、なんと、この鉢物のスイカよりも葉は小さいし、貧弱です。まだ花もつけていません。友人は、まあ、今年も駄目だね、といって帰っていきました。
ケータイ写真
2008/05/30
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ブログで携帯からの写真の取り込み方が分からなくてと書きましたら、「埋もれ木」の進行スタッフから、懇切丁寧に、そのやり方がメールされてきました。
添付で送るか、別売りのケーブルをつなぐか、いろいろあるのですね。電気屋に行って尋ねたところ、携帯電話についているカメラも驚いたことに何百万という画素数があるそうです。新聞社の取材で、では写真を一枚などといわれて、ケータイでガシャとやられるのはなんとも興ざめでしたが、あれでも使えるのですね。でも私のアン・ソンギさんとの写真はちょっとピンボケ、でした。





町に残る歴史的建造物をミニシアターにして、さまざまな映画を上映する映画祭。昨年、ここで「埋もれ木」が上映されましたが、会場が小さく観客があふれてしまいました。で、昨年に続いて「埋もれ木」のアンコール上映が行われることになりました。会場は栃木高校の講堂で、今年のキャパシティは350。十月四日の土曜日、午後四時からです。詳しくは映画祭のホームページを参照してください。上映終了後、俳優の仁科貴さんと私とでトークを行います。仁科さんは、亡くなられた川谷拓三さんの息子さんですね。川谷さんとは「かや子のために」でご一緒しました。東映の大部屋から上がってきた、きわめて個性的な役者でした。ヤクザ映画が多かったようですが、とても人間的な深さをもった方でした。仁科さんは、父親に瓜二つ。シャイで、こころやさしい人です。「埋もれ木」での出番は少なかったのですが、三重県での二ヶ月あまりの撮影の間、ずっと現場にい続けました。映画を勉強したかったのでしょう。「埋もれ木」のメイキング映像の大半は、彼がカメラを回していました。そんなこともあって、トークでは、映画作りのじっさいの組み立て方といったことを話し合おうと思っています。仁科さんは、「埋もれ木」のあと、田壮壮監督の「呉清源」に呼ばれて、いい仕事もしています。