小栗康平オフィシャルサイト ─OGURI.info http://www.oguri.info/ ja 2009-06-01T12:57:56+09:00 テレビ放映 http://www.oguri.info/notes/2009/06/index.html#000094
もう六月です。もう、というのは、なにもしないうちに、なにもできていないうちにと、いつものことながら思うからでしょう。「埋もれ木」がテレビで放送されます。NHK-BS2で、六月二十六日の0時40分からです。零時ですので、二十五日、木曜日の深夜、ということですね。ただ、NHKですので、国会の動き次第でどうなるかは分かりません。もちろん解散総選挙などということなれば、すぐに番組は飛んでしまいます。災害時は、言わずもがな、ですが。

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moguri 2009-06-01T12:57:56+09:00
グラビア http://www.oguri.info/notes/2009/05/index.html#000093 月刊の「文藝春秋」誌に「同級生交歓」というグラビアページがあります。六月十日発売の七月号で、私と池田政治くんとの写真が載ることになっています。池田くんとは前橋の第二中学、前橋高校といっしょでした。学生時代にとくに親しかったわけではないのですが、私が大学を終えてフリーの助監督になり、池田くんがデザイン事務所に入ったり、大学の講師をしたりするようになってからよく会うようになりました。いわば助手時代に、励ましあう、といったことだったでしょうか。もちろんそんなことは口にはしないし、将来の夢、などというものもお互いに語ることもなかったはず。でも俺もやっているからお前もやめるな、そんな了解があっただろうと思います。私は彼の木彫の抽象が好きです。その池田くんがこの四月から東京芸大の美術学部長になりました。上野で撮ってもらった写真に、私が短い文章を書きました。エッセイというよりはコメントといったところですが。「文藝春秋」は友人の平松礼二さんが毎号、表紙の絵を描いています。2000年からですからもう十年近く続いていることになります。『眠る男』で、板戸に月と白梅の絵を描いてもらったのが95年のこと。みんなそれなりに歳を経てきました。

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moguri 2009-05-26T19:34:27+09:00
http://www.oguri.info/notes/2009/04/index.html#000092 旧暦に七十二侯があります。二十四節季の一区切りをさらに三つに分けて、季節の変化をより具体的に教えてくれる、暦の知恵ですね。二十四節季までは、言われれば、ああ、そうかという程度までには知っていますが、七十二候ともなると、ええ、そうだったの、とあらためて納得することが少なくありません。三月の三十日が七十二候の「雷乃発声」、らい、すなわちこえをはっす、となっています。昨夜から栃木では強い風が吹いて、雨になりました。予報では雷をともなうとされていましたが、雷の声は発せられませんでした。明後日の五日、日曜日が、二十四節季の「清明」で、草木の花が咲いて、万物が清らかになる、とされる日です。

自然はそのように巡ってくれますが、人はなかなかうまくいきません。私の場合は、もう四月、とため息が口をついてしまいます。映画の動きがお知らせできなくて残念ですが、この四月から、たぶん二年間、月に二回、新聞のコラムを持ちます。東京新聞の朝刊、芸能欄の「言いたい放談」というものです。隔週の月曜日が私の担当ですが、一回目は新聞休刊日に当たっていて、四月二十七日からだそうです。映画を撮れない理由を八つ当たり気味に書くのならいくらでも書けますが、芸能欄とはいっても中味はなんでもいいとのことですので、そのときどきで思いついたことを、といったことになりそうです。

四月の十五日に「ポレポレ東中野」で、本橋誠一さんとのトークがあります。写真家、本橋さんの三作目の映画「バオバブの記憶」が上映中で、トークは夜の回の上映終了後です。私とのトークはさておいて、未見の方はぜひ、映画を見てください。無理やり作ったような、流行のエンタメと称する映画よりも、見ていて楽しくなります。バブバフの樹形がなんとも面白いですよ。

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moguri 2009-04-02T14:36:25+09:00
再放送 http://www.oguri.info/notes/2009/02/index.html#000091
昨年十一月に放送された「新日曜美術館・ハンマースホイ」が好評だったために、下記の日程でアンコール放送したい、とNHKから打診がありました。もちろん私には異存がないので了解、と返信しました。よく出来た番組でしたが、出演者としては喋りすぎているように思えて、よき按配というのが難しいなあと、というのが感想ではありました。とくに専門外のことについては、心しなくてはなりませんね。

再放送予定日
3月8日(日)夜8時~9時(この日の放送は夜のみで、朝の放送はないそうです)

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moguri 2009-02-25T20:03:43+09:00
あけましておめでとうございます http://www.oguri.info/notes/2009/01/index.html#000090 今年はこのホームページもリニューアルしてもらおうと思っています。でもそのためには新しい映画が始まって、というのが通常でしょうが、困ったことにまだ、まだです。せめて気分を変えて、せいぜいやってみるつもりではおります。本年もよろしくお願いします。

トリノ映画祭からNew Year greetings のメールが届きました。映画祭のディレクターがナンニ・モレッティからジャンニ・アメリオに代わったという知らせでもありました。政治がらみかどうかはわかりません。

群馬県で、前橋選挙区の県会議員補欠選挙が行われます。投票日は一月二十五日。私はこの地域に選挙権をもっていませんが、該当する方がおられましたら、後藤新(ごとうあらた)さんを支援してください。
94年だったでしょうか、後藤さんは、「眠る男」の脚本が上がったときの、群馬県の秘書課長でした。当時の小寺知事が全幅の信頼をおいていた方で、後藤さんは脚本を読みこんでくださり、いいじゃないですか、やりましょうよ、と大いに話を進めてくださった方です。後藤さんはまだ三十代の前半だったはずです。その後、県の出納長になり、三年ほど前に、小寺さんが後藤さんを副知事に、という人事案件を議会に提出しました。ところが、自民党県議団にこの案件を否決されてしまったのです。否決の理由は、二人とも(小寺さんも、後藤さんも)自治省の出身だから、というものでした。もちろんこれはただの言いがかり、です。二人とも群馬県に移り住んで、群馬県民として働いてこられたのですから。落下傘候補などとは違います。問題は後藤副知事を認めては、次の知事を自民党からとれない、と心配しただけのことです。ご承知のように、先の知事選で小寺さんは僅差で敗れました。そのときのことですが、元県議の某候補が民主党の、一部の応援を受けて知事選に出馬し、盛んに「眠る男」批判を展開していました。結果としては、その候補者も敗れて自民党公認の現知事が当選したのですが、今度はその某候補が、なんと自民党の公認を受けて補選に出馬するというのです。変節漢はどこの世界にもおりますが、考えなくてはいけないことは、保守王国といわれ続けてきた群馬県では、地方自治までがいまだに自民党のエゴによってふらふらしてしまう、という、相当に時代を錯誤している現実、についてです。
後藤新さんのホームページは、http://gotoarata.com/ です。

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moguri 2009-01-02T23:12:27+09:00
トリノ http://www.oguri.info/notes/2008/12/index.html#000089 トリノ映画祭は今年が二十六回目。ナンニ・モレッティがディレクターを務めて二年目だそうです。モレッティは左派を代表する映画人とのこと。イタリアは現在、右派の政権ですが、映画祭は観客の入りも良く、評判もいいので、モレッティは来年も続くのではないか、などと噂されていました。そのモレッテイが、あなたのレトロスペクティブが出来たことをみんなが喜んでいると、私に伝えてくれました。
トリノはコンペ部門もあり、今年は日本映画はコンペには入っていませんでしたが、別な部門で「連合赤軍」が上映されていて、若松孝二監督と現地でお目にかかりました。もう四半世紀前のことになりますが、若松さんが監督協会の新人賞の選考で、私の「泥の河」を強く推してくれたのだそうです。以来、なんとくかわいがってもらっている、といった雰囲気があるのです。若松さんは、亡くなられた大和屋竺さんが「荒野のダッチワイフ」という映画を撮られたときのプロデューサーで、私はまだ学生でしたが、助監督見習いのような形で現場に入れていただきました。
北イタリアは初めてだったのですが、トリノはじつにきれいな町でした。見事なアーケード、というより回廊といったほうがいいかもしれませんが、それが街中のいたるところにめぐらされていて、町の大きさもほどよく、散歩するのも快適でした。ホテルから映画館までは徒歩で十五分あまり、私は毎日、歩くコースを変えて街を楽しみました。
ヨーロッパはどこでもそうかもしれませんが、トリノでも最終の上映は夜の十時からです。そんな遅い時間でも、観客たちが並んで開場するのを待ってくれているのを見ると、ありがとうございますと、声をかけたくなってしまいます。
ローマに立ち寄って、帰国しましたら、キューレーターのマッシモさんからメールが入っておりました。下記に転載します。


ローマでの日々は充実されていましたでしょうか。帰宅して落ち着かれたころと思われます。
26日をもってTURIN映画祭は終了したが、改めて、ご参加いただいたこと、そして上映にさいしてすばらしいお話をいただけたことに対して、感謝の意を表したいと思います。映画祭に監督ご自身にご参加 いただけたことは意義あることでしたし、最後の最後まで映画館は人で埋め尽くされておりました。そして、観客が上映を楽しんだことはまぎれもない事ですが、期間中に町中やモールで、何度、映画に感激した、という人に呼び止められたことか。
映画祭を成功に導いていただいたことに、深く感謝するとともに、(監督のレトロスペクティブは成功に終わると確信しておりましたが) 観客に監督の映画を見ていただけたことを、誇りに思っております。映画祭が監督にとって、そして我々にとっても、よい思い出となること を祈っております。最大限の敬意を表したいと思います。

マッシモ・カウーソ

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moguri 2008-12-08T13:04:27+09:00
トリノ映画祭 http://www.oguri.info/notes/2008/11/index.html#000088
今年の春先、トリノ映画祭からこのオフィシャルサイトのアドレスに英文のメールが入りました。私の英語は中学一年生程度で、トリビュートと記されていたので、なにか私に贈り物でもくれるのだろうかなどと思ったのですが、そうではなく、私の全作品を上映したい、ついては過去、三本の映画の、英語字幕入りDVDを送ってほしい、とのことでした。以下はその後に届いた、特集上映の担当者からのメールです。私の翻訳ではありません。

私はトリノ映画祭の「ゾーン」部門キュレーターを担当しているマッシモ・カウーソといいます。既にご存知だと思いますが、11月21日から29日に行われる、26回目となる当映画祭において、小栗作品のトリビュート上映を企画していましたが、それが実現できることになりました。イタリアで小栗映画全作品を上映できることを喜び、また光栄だと考えているのは私一人ではないということを信じてください。「埋もれ木」と「眠る男」(90年代から今日までに製作された日本の映画で最高峰の映画)は 大変、気に入りました。そして、最近、他の三作品全て観ましたが、それらによってあなたに対する敬意は揺るぎないものとなりました。そういう意味でも、今回のトリビュート企画は非常に光栄なことです。 さらに、今回、メールをさし上げたのは自己紹介も兼ねてはいますが、映画祭にゲストとしてご招待さしあげたいからでもあります。あなたの参加はトリビュート企画にとって非常に意義のあることですし、観客にとりましても、映画を通してだけでなく、あなたに直接会い、人柄を理解してもらうことも大切だと思っておりますので、ぜひともご参加ください。

ありがたいことですので、行ってきます。このところ韓国、イタリアと回顧上映のようなことが続き、どうも死んだ人みたいでいけませんね。早くに次をと考えてはいるのですが、それがなかなか、、、

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moguri 2008-11-18T17:36:01+09:00
新日曜美術館 http://www.oguri.info/notes/2008/11/index.html#000087
来週の日曜日、十六日に放送されるNHKの「新日曜美術館」に出演しています。デンマークの画家、ヴィリアム・ハンマースホイ(1864~1916)展が東京・上野の国立西洋美術館で開かれていて、その特集企画です。日本ではこれまであまり知られていない画家で、私も初めて聞く名前でした。有名な画家ではあったらしいのですが、没後、急速に忘れ去られ、近年、その回顧展がパリ、ロンドンなどで開催されて大きな反響を呼んでいるとのことです。NHKのディレクターの方から、ハンマースホイを見て、私の映画を思い浮かべたと、誘っていただきました。絵画について論じられる立場にはありませんが、見せていただいてとても面白かったもので、番組に関わらせていただくことになりました。ハンマースホイの絵画から、私は現代映画の沈黙、静止といったことを感じ取ったように思います。室内画が多いのですが、女の人が後姿で立っているいくつかの絵は静謐そのもので、映画的な想像力をかきたててくれます。

一昨日、ソウルから戻りました。アシアナ国際短編映画祭で審査委員長を務めてきました。ジュリーは「鳥肌」「青燕」のユン・ジョンチャン監督、売れっ子の音楽監督、チョ・ヨンウクさん、MKピクチャーズのシム・ジェミョン代表、アメリカのマイケル・アルメレイダ監督でした。マイケルさんは「ハムレット」を現代のニューヨークに置き換えて映画を撮った監督です。私は見ていなかったのですが、独自なリズムを持った優しい方で、帰国してすぐにアマゾンで彼のDVDを注文しました。チョさんからは何枚ものCDをいただいてきたので、これからそれを聞くのを楽しみにしています。シムさんは大ヒット作を連発している女性プロデューサーです。審査は、激しい自己主張をする人が一人や二人、必ずいるものですが、今回はそういうこともなく、落ち着いて話し合えたように思いました。短編は長編と比べれば制作上の制約が少ないといえるでしょう。その分、本当にやりたいことをやる、そういう純度の高い作品が多いはずなのですが、デジタルで軽便に撮れるようになったからでしょうか、ハードルの低い、だらしがないといいたくなるような短編も少なからずありました。どんなものでも、心をこめて撮る、それしかありません。

同時期に行われた私の特集は、梨花女子大学の中に今年オープンしたモモという映画館で行われました。梨花女子大の中に入ったのは初めてですが、じつにきれいな大学で驚きました。運動場だったところを掘って、ガラスの建物がその両側に、半分、地下に埋まったように建てられています。ここにフィットネスクラブからブティック、映画館などの商業施設まで入っているのですから日本ではちょっと考えにくいですね。でも女子大生はあまり映画には来てくれていなかったようです。アン・ソンギさん、イ・チャンドン監督と対談をしたのですが、韓国の映画人はいつも真摯で、励まされることが多いです。

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moguri 2008-11-13T10:47:53+09:00
邑(むら)の映画会 http://www.oguri.info/notes/2008/10/index.html#000086 群馬県の南西部にある邑楽町(おうらまち)で、表記の映画会があります。おうら、とはなかなか読めませんが、邑は「むら」「村」と同義でもあるので、こういうネーミングになりました。二年前、邑楽での小学校が、県の「映像教育実践指定校」になって、以来、私も何度となく関わりをもってきました。とても熱心な教育委員長がいらして、これまでさまざまな取り組みがなされてきました。ところが昨年、県知事が交代してからは、県教委主導のこの「映像教育」がいわば格下げになって、それぞれの自主性に任せる、といった扱いになりました。一般的にいえば「映像教育」は学校現場での優先順位は低いですから、このままでは自然消滅です。であれば、せめて映画を見るチャンスだけは残そう、という意図のもとに立ち上げられた企画です。「眠る男」を製作した知事部局の生活文化課から、地域上映の支援というかたちで、幾分かの財政支援も受けているようです。
子どもに見せる、というより子どもといっしょに考える、そんな姿勢が手作りのチラシにもよく現れています。

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moguri 2008-10-28T14:56:59+09:00
ソウル http://www.oguri.info/notes/2008/10/index.html#000085 ソウルで私の全作品上映が行われることになりました。十一月の第二週です。週末にはアン・ソンギさん、イ・チャンドン監督とのトークも予定されています。何年も前から企画されていたのですが、なかなか実現には至りませんでした。日本映画の上映を制限する法律はすでに撤廃されていて、基本的にはどんな映画の上映も可能なのですが、問題は興行として成立するかどうかでした。韓国映画は元気だ、とだれもが思っていらっしゃるでしょうが、アート系の映画はいつも惨敗です。
イ・グァンモさんという監督がいます。七、八年前になるでしょうか、東京映画祭でグランプリをとった「故郷の春」の監督です。ヨーロッパ映画を中心に、お客さんが入りにくい現代映画を早くから輸入し続けてきた人ですが、上映する映画館に困って、「白頭大幹」という会社を立ち上げ、自ら劇場を持ってしまったのです。「眠る男」のあとでのことですが、ソウルで「眠る男」をやったら何日いけるだろうか、と話したことがあります。イ・グァンモさんは、観客は千人から千五百人といいました。ええっと私は絶句しました。だってソウルには映画を学んでいる学生たちだってずいぶんいるじゃないですか、と反論したのですが、これまでの経験から言って、最大限、そんなところ。韓国の観客はアート系の映画をまったく見てきていませんから、と。
ちようど、日本の「国際交流基金」の出先機関として、ソウル文化センターがオープンしたころでした。非営利として成立させようといろいろ努力してくださったのですが、上手くいきませんでした。今年になって、アシアナ国際短編映画祭から、私にコンペの審査委員長をやってくれと依頼があり、であればその期間に、私の五本立てをぶつけようと、映画祭、白頭大幹、ソウル文化センターがいわばタッグを組んで、ようやっと実現の運びとなりました。信じがたいと思われるかもしれませんが、たった五日間の上映でも、これだけいろいろな人の助けがないと成立しないのですね。アシアナ国際短編映画祭については、http://www.wowkorea.jp/news/enter/2008/1008/10049243.htmlを参照してください。
十一月の下旬には、イタリアのトリノ映画祭で、やはり私の特集上映が組まれています。このいきさつについては、また後日に。

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moguri 2008-10-24T09:55:39+09:00
栃木・蔵の街かど映画祭 http://www.oguri.info/notes/2008/09/index.html#000084 町に残る歴史的建造物をミニシアターにして、さまざまな映画を上映する映画祭。昨年、ここで「埋もれ木」が上映されましたが、会場が小さく観客があふれてしまいました。で、昨年に続いて「埋もれ木」のアンコール上映が行われることになりました。会場は栃木高校の講堂で、今年のキャパシティは350。十月四日の土曜日、午後四時からです。詳しくは映画祭のホームページを参照してください。上映終了後、俳優の仁科貴さんと私とでトークを行います。仁科さんは、亡くなられた川谷拓三さんの息子さんですね。川谷さんとは「かや子のために」でご一緒しました。東映の大部屋から上がってきた、きわめて個性的な役者でした。ヤクザ映画が多かったようですが、とても人間的な深さをもった方でした。仁科さんは、父親に瓜二つ。シャイで、こころやさしい人です。「埋もれ木」での出番は少なかったのですが、三重県での二ヶ月あまりの撮影の間、ずっと現場にい続けました。映画を勉強したかったのでしょう。「埋もれ木」のメイキング映像の大半は、彼がカメラを回していました。そんなこともあって、トークでは、映画作りのじっさいの組み立て方といったことを話し合おうと思っています。仁科さんは、「埋もれ木」のあと、田壮壮監督の「呉清源」に呼ばれて、いい仕事もしています。

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moguri 2008-09-25T10:04:42+09:00
日経新聞 http://www.oguri.info/notes/2008/08/index.html#000083 しばらくブログを横着しているうちに八月になってしまいました。関東では昨日、一昨日と激しい雷雨に見舞われました。みなさん被害はありませんでしたか。
つい何年か前のこと、前橋で凄い雷に遭遇したことがあります。空が真っ黒くろになって、バリバリ、ドスン、ガタン、ゴロゴロ、ドンドンと、じつにさまざまな音色で、聞きほれるほどでした。雷神が雷太鼓を打っている、それも一人ではなく何人ものアンサンブルで。ほんとうにそう実感したのです。家の中にいても、髪の毛が電気を帯びてビリビリと立つふうでもありました。郷里の群馬では、昔から雷が多かったですから怖いとは思いませんが、心配はむしろ浸水ですね。日本は熱帯性の気候になってしまったのでしょうか。
日経新聞の夕刊に「こころの玉手箱」というシリーズがあります。来週、ここで私がとりあげられています。月曜日の十一日から金曜日の十五日まで、五回です。夕刊の配達がないところでは見られないようです。チャンスがありましたら、読んでください。

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moguri 2008-08-06T21:03:46+09:00
パシフィック・ネーションズカップ2008 http://www.oguri.info/notes/2008/06/index.html#000082 先週の日曜日、日本代表とフィージー代表との試合を見に、国立競技場へ行きました。遊びの報告ばかりで気が引けますが・・・。
大雨警報でも出そうな荒れた天気でした。席は正面スタンド。でも屋根は私たちの席まで延びていません。合羽を買い、勇気を振り絞って雨の席には着いたのですが、五分ともたずに退散。上段まで上がって、雨を避けた立ち見、になりました。
ジョン・カーワンがヘッドコーチについてから、日本のラグビーは確実に強くなってきているようです。でも残念ながらこの日はダブルスコアで敗れました。前半は三つのPKでリードしていたのですが、これも相手のミスから得たPK。後半は日本のミスを手掛かりにして、フィージーが立て続けにトライを奪いました。日本は最後まで、ノートライ。PKを選択した判断ミスというよりは、PKをせざるを得ないところでゲームを切られてしまった、力の差だったでしょうか。やはりラグビーはトライを見たいものです。
同行したのは高校のときからの友人。元ラグビー部員。でも悲しいかな、高校三年間でたった一度しか勝ったことがない、弱小チームのロックでした。

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moguri 2008-06-24T21:59:45+09:00
鉢植えのスイカ http://www.oguri.info/notes/2008/06/index.html#000081 昨年、ある雑誌に下記のエッセイを書きました。

友人から時計草の鉢植えをいただいた。正しくはクダモノトケイソウで、誘引されたツルの下の方ですでに幾つか実をつけていた。
二十年近く前、私はこの甘酸っぱくておしい果実を初めて知った。「死の棘」の撮影で奄美に滞在したときである。パッションフルーツともいい、南の暖かいところで育つものだから、そのパッションとは情熱といったことかと勝手に思っていたら、そうではなかつた。Pは大文字で、キリストの受難を意味するらしい。
じっさいに花を見ると、なるほどそんな気がしないでもない。キリストが磔にあった姿だということらしいけれど、私には時計の文字盤と見る方が納得がいく。
まさかこうしたものが鉢で育てられるとは思っていなかったので、この夏はこの花と果実を十分に楽しんだ。花をつける度に綿棒で受粉し、熟れるとまるで不発弾のように鉢の中に落ちる。採りたてはピチピチで酸味も強い。十余りは収穫しただろうか。数は多くないけれど、それがかえって貴重に思えてよろこびが大きい。
鉢をくださった友人はかつて太田市場が秋葉原にあったころそこにいた人で、いまは独立して茨城で出荷組合を経営している。とにかくよく知っている。農家に作付けの指導をしながら、市場でそれを高値で売るのが仕事だから当然だとしても、聞くといちいちなるほどと思うことばかりで、摘果と摘蕾の違いなども教えられた。私などはまったく無知そのものである。
時計草のように鉢で育てられる、なにかおもしろいものは他にあるだろうかと聞くと、ドラゴンフルーツもあるよという。形といい、大きさといい、これもやってみればきっとなかなかだろう。でもその友人は、来年は鉢でスイカをやったらどうだという。小玉スイカかと聞くと、ふつうの大玉だって大丈夫だという。信じがたいけれど嘘をいう人ではない。
スイカをというのには事情がある。私のところには小さな菜園があるのだけれど、畑を開いた最初の年、とんでもなく立派なものが採れただけで、その後はどうやってもうまくいかない。こういうツルの、なん節目の雌花をこうして、などと詳しく指導を賜るのだが成果が上がらず、いってみればサジを投げて、もう鉢にしろといっていることになる。
さてどうしたものか。鉢に生ったスイカというものも見てみたい気もするが、どうも気持ちがおさまらないで、迷っている。

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ほんとうに来てしまいました。文中の友人が、組合の農家の人に頼んでつくってくれたものです。私はなにもしていません。いただいただけです。スイカは大玉ではなくて、スイートボールという名前がついた、すこし小ぶりなものですが、やはり相当おかしいですね。
受粉した日が六月六日だったとメモが貼り付けてありました。大きくなるのが早いです。スイカは受粉から三十五日で収穫とのことでしたので、あと二十日もすれば食べられることになります。そこそこには甘くなるだろうといわれていますが。
ちなみに、私は今年も地植えでスイカの苗を二本、植えているのですが、なんと、この鉢物のスイカよりも葉は小さいし、貧弱です。まだ花もつけていません。友人は、まあ、今年も駄目だね、といって帰っていきました。

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moguri 2008-06-19T19:46:10+09:00
ケータイ写真 http://www.oguri.info/notes/2008/05/index.html#000080 ブログで携帯からの写真の取り込み方が分からなくてと書きましたら、「埋もれ木」の進行スタッフから、懇切丁寧に、そのやり方がメールされてきました。
添付で送るか、別売りのケーブルをつなぐか、いろいろあるのですね。電気屋に行って尋ねたところ、携帯電話についているカメラも驚いたことに何百万という画素数があるそうです。新聞社の取材で、では写真を一枚などといわれて、ケータイでガシャとやられるのはなんとも興ざめでしたが、あれでも使えるのですね。でも私のアン・ソンギさんとの写真はちょっとピンボケ、でした。

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moguri 2008-05-30T17:49:41+09:00