自然はそのように巡ってくれますが、人はなかなかうまくいきません。私の場合は、もう四月、とため息が口をついてしまいます。映画の動きがお知らせできなくて残念ですが、この四月から、たぶん二年間、月に二回、新聞のコラムを持ちます。東京新聞の朝刊、芸能欄の「言いたい放談」というものです。隔週の月曜日が私の担当ですが、一回目は新聞休刊日に当たっていて、四月二十七日からだそうです。映画を撮れない理由を八つ当たり気味に書くのならいくらでも書けますが、芸能欄とはいっても中味はなんでもいいとのことですので、そのときどきで思いついたことを、といったことになりそうです。
四月の十五日に「ポレポレ東中野」で、本橋誠一さんとのトークがあります。写真家、本橋さんの三作目の映画「バオバブの記憶」が上映中で、トークは夜の回の上映終了後です。私とのトークはさておいて、未見の方はぜひ、映画を見てください。無理やり作ったような、流行のエンタメと称する映画よりも、見ていて楽しくなります。バブバフの樹形がなんとも面白いですよ。
再放送予定日
3月8日(日)夜8時~9時(この日の放送は夜のみで、朝の放送はないそうです)
トリノ映画祭からNew Year greetings のメールが届きました。映画祭のディレクターがナンニ・モレッティからジャンニ・アメリオに代わったという知らせでもありました。政治がらみかどうかはわかりません。
群馬県で、前橋選挙区の県会議員補欠選挙が行われます。投票日は一月二十五日。私はこの地域に選挙権をもっていませんが、該当する方がおられましたら、後藤新(ごとうあらた)さんを支援してください。
94年だったでしょうか、後藤さんは、「眠る男」の脚本が上がったときの、群馬県の秘書課長でした。当時の小寺知事が全幅の信頼をおいていた方で、後藤さんは脚本を読みこんでくださり、いいじゃないですか、やりましょうよ、と大いに話を進めてくださった方です。後藤さんはまだ三十代の前半だったはずです。その後、県の出納長になり、三年ほど前に、小寺さんが後藤さんを副知事に、という人事案件を議会に提出しました。ところが、自民党県議団にこの案件を否決されてしまったのです。否決の理由は、二人とも(小寺さんも、後藤さんも)自治省の出身だから、というものでした。もちろんこれはただの言いがかり、です。二人とも群馬県に移り住んで、群馬県民として働いてこられたのですから。落下傘候補などとは違います。問題は後藤副知事を認めては、次の知事を自民党からとれない、と心配しただけのことです。ご承知のように、先の知事選で小寺さんは僅差で敗れました。そのときのことですが、元県議の某候補が民主党の、一部の応援を受けて知事選に出馬し、盛んに「眠る男」批判を展開していました。結果としては、その候補者も敗れて自民党公認の現知事が当選したのですが、今度はその某候補が、なんと自民党の公認を受けて補選に出馬するというのです。変節漢はどこの世界にもおりますが、考えなくてはいけないことは、保守王国といわれ続けてきた群馬県では、地方自治までがいまだに自民党のエゴによってふらふらしてしまう、という、相当に時代を錯誤している現実、についてです。
後藤新さんのホームページは、http://gotoarata.com/ です。
ローマでの日々は充実されていましたでしょうか。帰宅して落ち着かれたころと思われます。
26日をもってTURIN映画祭は終了したが、改めて、ご参加いただいたこと、そして上映にさいしてすばらしいお話をいただけたことに対して、感謝の意を表したいと思います。映画祭に監督ご自身にご参加 いただけたことは意義あることでしたし、最後の最後まで映画館は人で埋め尽くされておりました。そして、観客が上映を楽しんだことはまぎれもない事ですが、期間中に町中やモールで、何度、映画に感激した、という人に呼び止められたことか。
映画祭を成功に導いていただいたことに、深く感謝するとともに、(監督のレトロスペクティブは成功に終わると確信しておりましたが) 観客に監督の映画を見ていただけたことを、誇りに思っております。映画祭が監督にとって、そして我々にとっても、よい思い出となること を祈っております。最大限の敬意を表したいと思います。
マッシモ・カウーソ
]]>私はトリノ映画祭の「ゾーン」部門キュレーターを担当しているマッシモ・カウーソといいます。既にご存知だと思いますが、11月21日から29日に行われる、26回目となる当映画祭において、小栗作品のトリビュート上映を企画していましたが、それが実現できることになりました。イタリアで小栗映画全作品を上映できることを喜び、また光栄だと考えているのは私一人ではないということを信じてください。「埋もれ木」と「眠る男」(90年代から今日までに製作された日本の映画で最高峰の映画)は 大変、気に入りました。そして、最近、他の三作品全て観ましたが、それらによってあなたに対する敬意は揺るぎないものとなりました。そういう意味でも、今回のトリビュート企画は非常に光栄なことです。 さらに、今回、メールをさし上げたのは自己紹介も兼ねてはいますが、映画祭にゲストとしてご招待さしあげたいからでもあります。あなたの参加はトリビュート企画にとって非常に意義のあることですし、観客にとりましても、映画を通してだけでなく、あなたに直接会い、人柄を理解してもらうことも大切だと思っておりますので、ぜひともご参加ください。
ありがたいことですので、行ってきます。このところ韓国、イタリアと回顧上映のようなことが続き、どうも死んだ人みたいでいけませんね。早くに次をと考えてはいるのですが、それがなかなか、、、
]]>一昨日、ソウルから戻りました。アシアナ国際短編映画祭で審査委員長を務めてきました。ジュリーは「鳥肌」「青燕」のユン・ジョンチャン監督、売れっ子の音楽監督、チョ・ヨンウクさん、MKピクチャーズのシム・ジェミョン代表、アメリカのマイケル・アルメレイダ監督でした。マイケルさんは「ハムレット」を現代のニューヨークに置き換えて映画を撮った監督です。私は見ていなかったのですが、独自なリズムを持った優しい方で、帰国してすぐにアマゾンで彼のDVDを注文しました。チョさんからは何枚ものCDをいただいてきたので、これからそれを聞くのを楽しみにしています。シムさんは大ヒット作を連発している女性プロデューサーです。審査は、激しい自己主張をする人が一人や二人、必ずいるものですが、今回はそういうこともなく、落ち着いて話し合えたように思いました。短編は長編と比べれば制作上の制約が少ないといえるでしょう。その分、本当にやりたいことをやる、そういう純度の高い作品が多いはずなのですが、デジタルで軽便に撮れるようになったからでしょうか、ハードルの低い、だらしがないといいたくなるような短編も少なからずありました。どんなものでも、心をこめて撮る、それしかありません。
同時期に行われた私の特集は、梨花女子大学の中に今年オープンしたモモという映画館で行われました。梨花女子大の中に入ったのは初めてですが、じつにきれいな大学で驚きました。運動場だったところを掘って、ガラスの建物がその両側に、半分、地下に埋まったように建てられています。ここにフィットネスクラブからブティック、映画館などの商業施設まで入っているのですから日本ではちょっと考えにくいですね。でも女子大生はあまり映画には来てくれていなかったようです。アン・ソンギさん、イ・チャンドン監督と対談をしたのですが、韓国の映画人はいつも真摯で、励まされることが多いです。




友人から時計草の鉢植えをいただいた。正しくはクダモノトケイソウで、誘引されたツルの下の方ですでに幾つか実をつけていた。
二十年近く前、私はこの甘酸っぱくておしい果実を初めて知った。「死の棘」の撮影で奄美に滞在したときである。パッションフルーツともいい、南の暖かいところで育つものだから、そのパッションとは情熱といったことかと勝手に思っていたら、そうではなかつた。Pは大文字で、キリストの受難を意味するらしい。
じっさいに花を見ると、なるほどそんな気がしないでもない。キリストが磔にあった姿だということらしいけれど、私には時計の文字盤と見る方が納得がいく。
まさかこうしたものが鉢で育てられるとは思っていなかったので、この夏はこの花と果実を十分に楽しんだ。花をつける度に綿棒で受粉し、熟れるとまるで不発弾のように鉢の中に落ちる。採りたてはピチピチで酸味も強い。十余りは収穫しただろうか。数は多くないけれど、それがかえって貴重に思えてよろこびが大きい。
鉢をくださった友人はかつて太田市場が秋葉原にあったころそこにいた人で、いまは独立して茨城で出荷組合を経営している。とにかくよく知っている。農家に作付けの指導をしながら、市場でそれを高値で売るのが仕事だから当然だとしても、聞くといちいちなるほどと思うことばかりで、摘果と摘蕾の違いなども教えられた。私などはまったく無知そのものである。
時計草のように鉢で育てられる、なにかおもしろいものは他にあるだろうかと聞くと、ドラゴンフルーツもあるよという。形といい、大きさといい、これもやってみればきっとなかなかだろう。でもその友人は、来年は鉢でスイカをやったらどうだという。小玉スイカかと聞くと、ふつうの大玉だって大丈夫だという。信じがたいけれど嘘をいう人ではない。
スイカをというのには事情がある。私のところには小さな菜園があるのだけれど、畑を開いた最初の年、とんでもなく立派なものが採れただけで、その後はどうやってもうまくいかない。こういうツルの、なん節目の雌花をこうして、などと詳しく指導を賜るのだが成果が上がらず、いってみればサジを投げて、もう鉢にしろといっていることになる。
さてどうしたものか。鉢に生ったスイカというものも見てみたい気もするが、どうも気持ちがおさまらないで、迷っている。

ほんとうに来てしまいました。文中の友人が、組合の農家の人に頼んでつくってくれたものです。私はなにもしていません。いただいただけです。スイカは大玉ではなくて、スイートボールという名前がついた、すこし小ぶりなものですが、やはり相当おかしいですね。
受粉した日が六月六日だったとメモが貼り付けてありました。大きくなるのが早いです。スイカは受粉から三十五日で収穫とのことでしたので、あと二十日もすれば食べられることになります。そこそこには甘くなるだろうといわれていますが。
ちなみに、私は今年も地植えでスイカの苗を二本、植えているのですが、なんと、この鉢物のスイカよりも葉は小さいし、貧弱です。まだ花もつけていません。友人は、まあ、今年も駄目だね、といって帰っていきました。
