手記バックナンバー
2005年10月
「埋もれ木」と「かや子のために」の二本立て
2005/10/21
手記カテゴリー
埋もれ木
05・10・21 記
10月25日に半蔵門の「TOKYO FM ホール」で上記の二本立て上映があり、南果歩と夏蓮と私とでトーク・イベントも行うことになりました。主催はTOKYO FMで、タイトルは「世代と世紀を越えた小栗映画のヒロイン」となっています。ちょっと恥ずかしいですが、二人とも一般公募のオーディションで選ばれ、私の映画でデビューして、ということでしょうか。「かや子-」は1984年製作ですので、もう20年以上前のことになります。南さんは当時まだ東桐学園、演劇科の学生でした。夏蓮は撮影時は中学二年生、今は高校受験の準備に忙しいようです。作品も異なりますし、時代そのものも大きく変わりましたので、二人に特に共通性があるようには思いません。でも、嫌いな人は選びませんから、なにかはあるのでしょう。どんな話になるのか分かりませんが、お時間が許せばお出掛けください。「かや子のために」は劇場上映が限られていたために、若い人には大きなスクリーンで見る機会がなかったかもしれませんね。
TOKYO FMはJFN(ジャパン・エムエム・ネットワーク、全国38局をネットする)のキー局で、「埋もれ木」ではその準備段階からいろいろ応援してくださり、主役の公募ではFM放送で全国にたびたび呼びかけていただきました。またJFN加盟のぐんまエフエムでは、群馬県内のすべての「埋もれ木」上映を、開局20周年の記念文化事業として取り組んでいただいております。上映会場は公共のホールを含めて、23会場にものぼります。
日時 2005年10月25日(火曜日)
会場 TOKYO FM ホール
スケジュール
16:30開場
17:00~18:57「かや子のために」上映
19:10~19:30 トーク
19:35~21:08「埋もれ木」上映
チケット発売 チケットぴあ
沖縄
2005/10/11
手記カテゴリー
コラム
しばらく書き込みをしなかったので、やり方を忘れてしまいました。
こうしたネットを使ってなにごとかを発信していく意味を、つかみかねているのでしょう。でもせっかく始めたことですので、ためらいながらでもその気になったときは書いていこうと思い直しております。
今月のはじめ、4日間、沖縄へ行ってきました。きっかけは、近隣の友人たちが以前から沖縄に遊びに行きたがっていて、私ともう一人、仲のいい陶芸家ですが、60歳になったお祝いにと、いわばそれをダシにされて計画されました。私は仕事柄からか、観光という発想がありません。ロケハンだったり撮影だったりと、助監督時代から考えればあちこちを見てまわっていますし、今更あらためてどこかに行きたいとは考えないのです。でもまあ、浮世の義理というのもあります。ちょうどいいことに、那覇で15日から『埋もれ木』の上映が始まることになっていて、旅行の半分はそちらのキャンペーンで動こうと、自らを納得させたのでした。
経費の問題もあって、なかなか沖縄まで映画の宣伝では出向けません。でも行けば行ったでよろこんでくださるのは分かっておりますし、興行にもプラスになることは間違いありません。テレビを二つ、ラジオを三つ、新聞を二社、駆け回ってきました。
私が最初に沖縄に行ったのはまだ返還前のことで、19才のときでした。パスポートを持っての、貧乏旅行でした。竹芝桟橋から船で2泊3日、ひどい船酔いに悩まされたことをよく覚えています。三等船室でごろ寝して、一人ひとりの枕元に洗面器が用意されていて、吐いてはうたた寝していると、食事です!と起こされる繰り返しでした。私としてはそのときの沖縄行は、ポール・ニザンの「アデン・アラビア」といった面持ちだったのでしょう。
那覇の「桜坂劇場」はつい最近、リニューアルして町中の映画館として再出発を図ったばかりの劇場です。全国どこでもそうですが、シネコンにお客をとられて町中の映画館は苦戦しています。でも逆にそうした劇場がなにをしていかなければならないかはみなよく分かっているので、スタッフはみな意識的な人達ばかりです。「桜坂劇場」は三つのスクリーンがあり、昼夜をあわせると一日に八本ほどの映画が上映されています。映画の多様性を確保する、こうした劇場がぜったいに必要です。桜坂は国際通りのすぐ裏手で、平和通りから横の坂を上がったところにあります。地形もよく、古い町並みがまだ残っています。地域の映画館はこうした風土といっしょに生き残らなければなりません。この一日からやはり『埋もれ木』を上映してもらっている京都の「京都シネマ」もそうした劇場です。私はまだ行っていないのですが、ここも
やはり何年か前にリニューアルされ、最新の映写設備が整っているようです。こうしたところでいい映画を見ると、そのことのぜいたくさが実感されるのではないでしょうか。
3泊4日の旅で、私は沖縄そばを六回食べました。これだ、と思えるものになかなか当たらなかったからです。
つづく。



三重県鈴鹿市での上映は延長、延長でトータル10週間にもなりました。「埋もれ木」支援の会が広報、券売に奔走してくれて、地方都市としては異例のロングランでした。劇場はシネコンのワーナー・マイカル・鈴鹿ベルシティで、単館系の作品としては、ベルシティの興行動員記録を塗り替えました。
四日市市は鈴鹿市とさほど離れてはいませんが、四日市でもぜひにということになり、いわば仕切り直しで、「支援の会」がもう一度、動いてくださっています。四日市も劇場はシネコンの109シネマズです。「埋もれ木」は単館系といわれる独立館で、ていねいに育てあげていく上映が本来ですが、この両都市には町中の劇場がありません。シネコンも「ご当地」性の強い作品には例外的に1スクリーンは空けてくれるようで、こうしたことを契機に、シネコンも8つなり10あるスクリーンの一つ、二つは、地域事情にあわせて個別の選択が可能になり、すこしでも多様な映画が上映されることを望みたいものです。三重県ではこのあと、11月から伊勢の新富座での上映が始まります。この劇場はいったんは閉鎖された劇場ですが、さまざまな工夫をこらして、町中の映画館として再出発した劇場です。
四日市での初日のイベントとして昨日、四日市市長の井上哲夫さんと劇場で対談してきました。撮影に入る前に、儀礼的なご挨拶として役場にうかがったのが最初でしたが、なかなかユニークな市長さんです。前職は弁護士、国会議員でしたので、市長という行政職をやったことで、三権分立でいうところの三権にすべて携わってきたことになります。初対面のおり、そんな話が出て、私はつい軽口をたたいて、あとやってないのは塀の中だけですね、といったところ大笑いになり、それですっかり親しくなった方です。行政の前提として文化力といったことがどれほど大切か、よく分かっていらっしゃいます。