小栗康平 手記

上海国際映画祭

2007/06/14

映画祭の審査で、明日から十日間ほど上海に行ってきます。今年は十回目ということで大きな規模で催されるそうです。また今年は日中国交回復三十五周年で、日本映画週間も企画されています。コンペの審査委員長はチェン・カイコー監督で、他にスペイン、フランス、イタリア、ドイツから一人ずつ,もう一人中国の監督が加わり、私を入れて七人のメンバーです。審査内容は外に語ることはできませんが、楽しんできます。

以下は転載のつづきです。

 

2006/10/10 タイトル  文化行政

群馬県が映画「眠る男」を製作したのは、一九九五年のことである。国もやらないことを一地方自治体がやったのだから、その反響は大きかった。この先進的な取り組みを発意し、実現させたのは、小寺弘之群馬県知事である。群馬交響楽団は小寺県政になってさらに充実してきているし、県立の天文台や昆虫の森なども作った。
やっていることは、名前ばかりの「文化行政」といったものとは違っているから、なかなかに大胆である。ふつうだったらそう簡単には成立しない施策だろう。それが保守王国といわれる群馬県で通ってきた。奇妙と言えば奇妙である。
小寺さんという人柄の、非政治的な手法が、安定的な多数派をもつことによって機能した、ということになるだろうか。国政では考えにくいことだ。
この関係が何年か前からおかしくなった。表立った対立は、副知事の人事案件を自民党県議が否決してからである。否決の理由はほとんど意味をなさないものだったから、ここでは書かない。要は、県議の長老支配が浮き彫りになっただけのことだった。来年が知事選で、小寺さんはまだ出馬表明していないが、自民党県連は独自候補を立てると明言した。公認のないまま、はやばやと自民党県議を辞めて知事選の選挙活動に入った人もいる。その人の小寺批判の中に「眠る男」が入っていた。ネガを焼かれてしまわれないか、私は心配である。
群馬がこの先どっちへ行くのか、大いに注視したい。地方自治における、戦後の結節点ともいえなくないからだ。

2006/10/17 タイトル  おめでとう

一応は中日ドラゴンズのファンである。一応というのは、監督によって気持ちがついたり離れたりするからで、中日の生え抜きで私の好きだった人は、残念ながら監督としては優勝していない。中利夫さん、高木守道さんがそうだった。中さんとは同郷で、実家は直線距離で百メートル程度、中さんには弟がいて、私と同学年だった。魅せられて不思議はない。
守道さんとともに、きれいな、と表現したい選手だった。なんというか、備わった運動神経とともに人柄が見えるようで、プレーに余分な飾りがなかった。それが逆にスター性に欠けるということになったのだろうが、どんなスターであれ、売れる売れないは時々で変わり、最後はその人の人間味といったものが長い時間をかけて問われていくだけのもの、だと私は思う。これは役者にも当てはまる。
落合監督は、選手時代から人を食ったような言動で異端ではあったけれど、ラインとしては中さん、守道さんたちに近い人ではなかったかと思う。地道な人というか、いい意味での生活者、私にはそう思えていた。
ここしばらくは球場に足を運ぶこともなくなって、中日が優勝を決めた巨人戦もテレビ観戦だった。その落合監督が泣いた。延長十二回表のベンチで、そして優勝監督インタビューで。インタビューの最初の言葉は、すいません、泣き上戸で、だった。意外ではあったけれど、なるほどなあと思いもした。
オレ流は、時流に逆らうことでもあっただろうから、容易ではなかっただろう。おめでとう、落合監督。

2006/10/24 タイトル  韓国映画

友人でもあるイ・チャンドン監督が新作の撮影に入っているというので、プサンの映画祭を一日抜け出して現場を訪ねた。アリアリラン、スリスリランとテンポよく歌うアリランを聞いたことがある人もいるかと思う。そのミリャンアリランの密陽で、プサンから車で一時間、地名がそのまま映画のタイトルだという。今や国民的な人気俳優となったソン・ガンホとチョン・ドヨンが主演だった。
撮影風景はどこの国でも変わりはないけれど、韓国ではスタッフが若い。助手さんはみな二十代で、しかもその半数が女性である。韓国映画は観客も若い人たちだから、映画があこがれの仕事でもあるのだろう。映画の、社会でのステイタスも高い。日本とどうも元気さが違う。
でも問題がないわけではない。韓国ではこのところ映画への投資が過熱して、どんな映画も大規模な公開が前提となっている。すべてがメジャーになり、昨年はそうして八十本の映画が作られた。しかしお金の面で成功したのはそのうちのたった十本だったと聞く。全体としてバブリーであることは否めない。イ監督の前作は〇二年「オアシス」で、刑務所帰りの男と障害者の女性とのラブストーリーだった。基本はメロドラマだからとご本人はいうけれど、やわな精神ではとても撮れない、厳しい現実を見据えてのファンタジーだった。
ソン・ガンホさんも加わって、夜、酒を飲んだ。話が出来てこころが落ちつきました、遠いところからいい「気」を持ってきてくださってありがとう、といわれたが、「気」をもらったのはもちろん私の方である。

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