小栗康平 手記

「FOUJITA」撮る側のハート

2014/10/30

成田に迎えの車が来ていて、角川大映スタジオに直行する。持ち込んだ機材も膨大で、個数にして150個、重量は1.5トンにもなっていたから大移動だった。
空港からスタジオに横づけされて、留守部隊の出迎えを受けてそのままセットイン、である。3日後には残りのフランスセット分を撮らなくてはならないからだ。幾つもの確認がある。モンパルナスのセットが建ち上がっていて、ステージには幾つものスタンドやフロアースタンドなどが用意されて並べられている。それだけでも何十とある。選択肢は広いほうがありがたい。

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私はなにか、奇妙な感覚におちいる。フランスでも日本でも、撮ることではなにも変わらないのではないか。
初めての合作による海外ロケであったけれど、思いの外「撮れた」という実感がある。どうしてだろう。言葉の問題とか撮影時間の制約とか、不自由はたくさんあったのに、なぜそう感じられているのか。フランスだからといって、とくに撮り方を変えたことはない。自分はどこにいても、セットもロケもそれを別々なものとして撮ってはいない。だからなのか。セット、ロケの違いがないのであれば、日本もフランスもない。同じ緊張で向かい合っていられさえすれば、いい画は撮れる。そう思ったのかも知れない。

撮影とは、根本において現実に対して無理を強いることだから、この精神が弛緩してはいいものにならない。しかしだからと言って、乱暴になれ、ではない。無理を強いるからこそ、撮る側のハートが問われる。

フランス出発前に、季節の関係もあって、栃木で野良のワンシーンを撮った。天候が不安定で待ち時間が多くなってしまった。戦時中の、なにか不安な気配を出すために大型の送風機を2台持ち込んで、タイミングを図りながら稲を揺らさなければならなかった。うまくいかない。OKが出るまで、お昼をはさんで撮影は2時間半にも及んでしまった。出演してくれている人たちは、近所からボランティアで参加してくださっている。年寄りと女の人たちと子どもたちばかりである。
私はカメラサイドで繰り返し指示を出す。近くには、制作部が飲み物などをおいて現場に備えておくテントがある。何度目かの待ちになったとき、日差しは強くなっていた。そのとき、照明部の若い人たち4人が、なにも言わないのに、テントの四隅を持ってエキストラの人たちにそれを差し掛けに行ってくれたのだ。フレームの外からそれを運んでいく。若いといっても、セカンド、サードの田中ちゃん、月岡ちゃんたちは、よそではもう立派にチーフの仕事をしている人たちだ。「ああ、いい照明部だ」とつい口に出したら、チーフの禎ちゃんがすましてそれをみている。命令などなに一つしていない。撮る側のハート、心とはこんなところにふっと現れる。難しいことではない。無理をしているから、どんな気持ちで被写体を見ているかが、仕事に現れてくるのだろう。

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実際に照明部は特に目立って、いい仕事をしてくれている。ライトマンは津嘉山誠さん。カメラマンの町田博さんが誘ってくれた人だ。まこちゃんは、もの凄い勉強家である。私のあらゆる仕事の中身を記憶してくれていて、あれこれと考えている。

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技術パートについてはいずれまた詳細を書いてみたい。
もう直ぐフランス編を終えて、敗戦前の日本に撮影の舞台が移って行く。

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