小栗康平 手記
筑紫哲也さんとの対談
2005/06/14
今月はじめ、筑紫哲也さんとの対談が早稲田大学でありました。
早稲田がオープンカレッジというものをやっていて、筑紫さんが小栗とならやってもいいと、私に声がかかったものです。
私は見たことがないのですが、アメリカのテレビに「アクターズ・ステュディオ」という番組があるそうで、筑紫さんはこういうことを日本でもやりたいのだとおっしゃっていました。三、四十人の限られた生徒を前に、映画監督なり俳優さんなりをゲストとして迎え、スピーカーがそのゲストについて徹底的に掘り下げていくのだそうです。筑紫さんも、意図はそうしたものだからと、私の新作「埋もれ木」をふくむ全作品、著書のすべてをあらためて勉強してきましたとおっしゃっていました。
筑紫さんとは朝日新聞におられたころから面識があり、私の映画はいつも気にかけていただいています。「死の棘」では、松坂慶子さんとごいっしょに「NEWS 23」で中継をつないでいただいたこともあります。映画はとてもお好きで、よく見ています。
早稲田では、募集をかけたら三千人もの応募者があり、少人数というわけにもいかなくなり、四、五百人の授業になりました。要点は、今の日本社会が「わかりやすさ症候群」に陥っていて、そうした背景をもとにして、小栗映画を読み解くというものでした。
私の映画が「わかりにくさ」の例として引かれるのは不本意ですが、スナック菓子のような映画ばかり見ていてはだめだと、筑紫さんはなかなかに過激でした。ギリシャのアンゲロプロス監督を引き合いに出して、「現代映画」は時間というものをどう捉えるようになったかと、話は進んでいきました。これは映画表現の根幹に関わる問題です。
機会があったらまたゆっくり展開してみたいテーマでした。