小栗康平 手記

続・「FOUJITA」 パリでの撮影

2014/10/20

モンマルトルのカフェで書いています。

日暮れまであと2時間。ホテルの表を撮る夜間撮影です。凄い数の観光客です。カフェの席が空くと、あっという間にお客さんが座っていきます。映画ではモンパルナスですが、いいところがなくて、モンマルトルの普通の建物をホテルに見たてて、美術スタッフが明かりの入るホテルの看板を設置しています。中は帰国してからの、角川大映でのセット撮影です。
フランスの美術スタッフの仕事は、ロケ加工でも、飾りでも、ほとんどが当日作業です。日本では考えられないことですが、決められたファーストカット予定時間というものには見事に間に合わせてきます。短い労働時間だからこそ、合理的に仕事が分担されています。いいのか悪いのか、これは労働の考え方、というよりは文化の基本にあることで、映画の文体もそこに根ざしていると思えば、日本映画とはけっして一緒にはならないなあと、つくづく思います。

パリは駐車場というものがないに等しく、街中の路上がすべて駐車場です。この路上駐車の車を捌いて撮影用の駐車場所を確保したり、この映画のように現代物ではないときには、フレームに入るそれらをすべて排除しなくてはなりません。一台車が出たら、赤いコーンを置いて、そこからの駐車料金を払って他の車を置かせないようにして、一つひとつそれを繰り返していきます。専門のスタッフが2日なり3日なりかけて、徹夜でそれをやっていくのです。気が遠くなりますが、パリロケはこれなくして成立しません。それでもパリ市から撮影許可さえ出れば、時間を区切ってではあるものの、警察官も出て完全交通止めにしてくれます。これは助かります。

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先日、パリ近郊のポントワーズ市で、蚤の市の撮影をしてきました。
およそ30年前に、「伽倻子のために」で撮った幼稚園のバザーのシーンを思い出していました。モノがいつもとは違うところに置かれることで用途を離れる。主人公のサンジュンが、なにかはぐれたようにそこに佇んで、という場面でした。在日の、ある表情を捉えようとしての、試みでした。パリの蚤の市は逆で、フジタがそうしたモノたちの間を喜々として歩く。フジタの、モノに対する視線、事物へのフェティッシュのこだわりを考えての、蚤の市でした。

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パリの撮影が始まって3週間が経過しました。
相変わらず、雨に追い立てられてはいますが、奇跡的に、全部、撮れています。ありがたいことです。

「FOUJITA」 パリでの撮影

2014/10/10

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クローディー・オサールと

パリに入って2週間が経ちました。予定の半分です。天候が不安定で苦労しています。
雨になっても、一日中雨、ということでもなく、やりくりしながら、です。でも全体としては順調です。

撮影、照明、録音の技術パートは日本チームです。グリップと言っているカメラまわりをみる人、ゼネレーターや照明機材に関わる人、製作、美術はパートは全員フランスからと、ちょっと混み入った編成です。しかしそこは映画屋同士、コミュニケーションはうまく行っています。

ただ、労働環境はまったく日本とは異なっていて、働く人の権利が徹底的に守られていますから、とにかく終わるまでまでやって、などということは考えられません。土曜、日曜日は働きません。働かないわけではないのですか、2倍、3倍とギャラが上乗せされますから、よほどのことがない限り、そうしたスケジュールは組めません。労働環境というよりは、映画を取り巻く考え方そのものが、歴史的にも大きく違っています。思いは複雑です。

法令で街の景観が保たれているパリとはいえ、一階から下は当然ながら変わっていますから、映画で設定している1920年代のパリをそのまま撮れるところは、やはり皆無です。銀座のど真ん中で時代劇を撮るような苦労が付いて回っています。東欧のどこかで、と言った考え方もないわけではなかったのてすが、パリに留まって良かったと思っています。粘り強く工夫し、CG作業もフル動員して、100年近く前のモンパルナスを画像に作り込んでいます。再現ではありませんから、私たちの見るパリ、ですね。いい味が出ていると自負しています。フランスプロデューサーのクローディーをはじめとして、こちらのスタッフもトレビアンを連発してくれます。

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モンパルナス、ロトンドの設定で

時間がなくて、詳細はまた後日に。

小栗康平

新作「FOUJITA」(フジタ)、クランクインです

2014/09/25

予定してこうなっているわけではないのですが、結果として前作からいつも、10年近く空いてしまいます。やっと、ほんとうにやっと、なんとか新作のクランクインにまでこぎつけました。

この「FOUJITA」は、ある人から声をかけられた企画でしたが、そのときからでもすでに3年の歳月が経ってしまいました。藤田嗣治は、戦後に日本を離れてから一度も戻ることなくフランス国籍を取得して、そのまま海外で亡くなっています。
戦争協力画をめぐって、戦争責任の問題で嫌気がさしてのことだったでしょうか。それもあってか、絵画の著作権管理に慎重な方でした。この処理に時間がかかったこともありますが、それよりもなによりも以前にまして、日本の映画界の現状がどんどん悪くなってきています。私に限ったことではありませんが、まともな映画が成立できる環境にありません。

幸運にも製作が成立しました。フランスとの合作です。この先、いろいろ書いていきたいとは思っていますが、やらなくてはならないことが山ほどあって、製作発表も出来ないままクランクインしているありさまです。角川大映スタジオですでに1週間ほどのセット撮影を終えています。1923年のモンパルナスのフジタのアトリエです。オダギリくんのフランス語も立派なもので、順調なスタートを切りました。

本日、これからフランスロケに出発します。ほぼ1カ月間の予定です。

 

※事務局注※
9月24日より、小栗組がフランスロケに出発いたしました。

事務局からのお知らせ

小栗康平、待望の始動!
10年ぶりの新作は、西洋画壇で絶賛を浴びた日本人画家、藤田嗣治を描く。
2014年09月25日

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