小栗康平 手記

島尾ミホさんの訃報

2007/04/01

先週、コラムのバックナンバーを掲載して、などと始めたのですが、こうした現実に出会うと、自分のやっていることがなんとも間抜けなことに思えて、情けなくなります。でも決めたことですから、続けましょう。
奄美での葬儀に行ってきました。一ヶ月前にお会いしたときにはあれほど元気だったのに、ミホさんは亡くなられました。脳内出血だったそうです。一人暮らしでしたので、発見されたのは死後、二日たってのことでした。その経過からすれば孤独死ということになるでしょうが、ミホさんがそうだったとは思えません。だれの世話にもならずに、ミホさんは島尾さんのもとに還った。私はそんな印象をもちます。カトリックの教会に祭られた遺影は、島尾さんとお会いしたであろうときの、若きミホさんの華やいだお顔でした。

 

06/7/18 掲載  二日遅れ

地方の郡部には夕刊は配達されていない。私の住むあたりもそうで、これはどの新聞もいっしょである。だからこの夕刊は郵送で、二日遅れで私の元に届く。
二日遅れで紙面を読むことを続けたら、不思議なことに気づいた。新聞に向かう「私」に、なにやら余裕のようなものが出来てきて、いつもより落ち着いてよく読めている、という感じがするのである。朝刊もそのようにして読んでみると、それがさらにはっきりする。遅れているから用をなさないかといえばそうではなくて、返ってその遅れが、いい方へとはたらく。
新聞は速報を旨としているだろうから、その速さに合わせて、読み手も急く気持ちを持っているのかもしれない。まずはそこから自由になる。
新聞の見出しは例えて言えば、大変だ!の連続で、それが大文字で踊っているのが常だ。二日遅れると、この見出しに興味を失う。出来事としてはもうすでにテレビやネットで知っているから、なにがあっても驚かない。
となると、関心は書かれている中身、ということになる。余裕というのはこのあたりで、あなたは知らないだろうからこれを伝えますという関係から、私がなにを知りたいのか、と順序が逆になる。
新聞紙面はニュースだけではない。生活、文化、スポーツ、案内などいつでもてんこ盛りである。ここでも遅れは、その量に負けず、なにが必要かを考えさせる。そんなふう読むと、その新聞の、懐の深さにまで目が行く。二日遅れ、試されてはどうですか。

06/7/25 掲載 映画の収蔵

今月末に私の映画「埋もれ木」がDVDとなって松竹から発売される。映画は映画館でというのが本来だが、私はこのDVDに対して否定的な立場をとらない。
業界では映画のテレビでの放送やDVD化を、二次利用といっている。しかしその一次の、配給、興行が不自由極まりないではないかと思う側からすれば、DVDはもう一つの、意味ある一次ということになる。
DVDは、映画館がその地域にあるかないかという事情に左右されないから、個人の選択肢は多様になる。じっさい、毎月二千を越える「新譜」が発売されているらしい。アダルトも含むとしてもその数は多い。でもこれを書籍などの出版物と比べれば驚くような点数ではない。
映画を一人で読む本と一緒にするなという批判は承知の上で、私はDVD化された映画が書籍のように個人所有され、あるいは図書館でそれが収蔵されることに期待をもつ。フィルムでは叶わなかったことだ。
小説でいえば、夏目漱石からドストエフスキーまで、教育の場を含めて、どこかでかは触れる機会があるだろう。映画の商業的な機構の中では、その程度のことすら保障されにくくなっている。
レンタル店をふくめて販路に問題がないわけではないとしても、DVDは望めば手に入る。ビデオテープと違い、ある程度までは拡大にも耐える。この先、画質は更によくなっていく。
今は一人ひとりに閉じこもるとしても、私たちはいずれ「新しい映画館」で合流するだろう。私はそう考えている。

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