小栗康平 手記

スペインでの映画祭

2005/12/09

イベリア半島の北海岸、ストリアス州の州都、ビルバオから車で20分ほどのヒホンという町での映画祭でした。バスク地方をかかえる北部は独立の気概が強いからでしょうか、こうした小さな映画祭にも行政の予算が多く振り当てられているようです。もともとは子供のための映画祭として始まったらしく、43回目を迎えた今回でも「アンファン・テリブル」という子供のためのセクションが残っていて、学校の子供たちが大勢で劇場に来ていました。「映画のことを話すより、君たちが自分で作ってくれ」という16才から23才までの人達を対象にコンクールもありました。「埋もれ木」はオフィシャル・コンペ部門です。私にはいまさら、ではありますが、ぜひにということでの参加でした。公式上映の翌日、新聞三紙が映画評を載せていましたので、通訳をなさってくれた山本紘子さんの翻訳で、その一部を採録してみます。

 

「EL COMERCIO」紙 12月1日 パシェ・メラーヨォ記者

見出しは「詩を写す」
アジアが私たちの大地を詩で濡らす。「埋もれ木」、あるいは日本の埋もれた森の夢、それは失われた伝統の美しいメタファーとして浮かび上がってきて、映画の言葉のひと連なりとして私たちの前に差し出される。それは金細工の詩人が、人をいつくしむようにして撮影したものだ。それぞれのカットが美しさに死ぬことへの誘いである。強烈に、濃密に、崇高に、それらはこころ震わせる。ときに字幕スーパーを見ることを忘れさせ、一種の「無」の状態におちいって、理解出来ない日本語のダイヤローグがなんの違和感もなく聞こえてくる。なにも分からずに、それでいてすべてを理解する。それぞれの光、動き、まなざし、窓、色、太陽、そして土、はっきりと話すためには映像で十分なのだ。「埋もれ木」のような日本映画によって、西洋の感覚は浸食されていく。ヒホンでの最優秀作品の非常に明確な候補作である。

ちょっと褒め過ぎですね。でもコンペでは全くの空振りでした。よくあることですが。

 

「LA NUEVA ESPANA」(エスパーナのNの上に~が乗っていますが書けません)紙 12月1日 G・C・ヘア記者

上映が始まってしばらくすると、深い感覚の中で思考がいろいろな方向へ動く。そして視線のおもむくところ、びっくりするとかドキドキするとかとはまったく異なるエクスタシーを味わう。そのうえに、そのことははっきりと意識しなくてもかまわない。映画の最後に出てくる紙風船が揺れているように。でもそこには丁寧な仕事によって、深い錨が下ろされている。「埋もれ木」はなににもまして美の追求の試みである。それは美を追求する形式を追うのではなく、映画の通常の考えから抜け出して、「詩」の言葉のジャンルとして映画をとらえる。

「アストーリヤの声」という新聞では「視覚への贈りもの」というのが映画評の見出し。プレス・コンファレンスで「私には宝石のような映画でした」とコメントしてくれた女性の記者でした。
帰りはミラノ経由でしたが、フライトが突然キャンセル。私はどうしてもその日に帰らなくてはなりませんでした。翌日、日本映画監督協会が創立70周年を記念して製作している映画に「役者」として出演しなくてはならなかったからです。ミラノからロンドンへ飛び、なんとかスケジュール通りに帰国できましたが。このおかしな撮影については、いずれまた。

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